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工場研修という闇で学んだこと

About me

こんちは、ごろまるです。
社会人一年目の闇について。二度と経験したくない一年でしたが、同時に、今の自分の価値観にとてつもなく強い影響を与えた一年間でした。

基本情報

期間: 2017年4月~2018年3月 (社会人一年目)
場所: 丹波篠山(つまりど田舎)の工場、初めての寮生活。
丹波篠山: めちゃくちゃいいところ。空気はキレイ、食べ物(山の幸、ジビエ料理など)はとにかく美味しい、城下町の雰囲気は抜群に落ち着く。
状況: 20年以上、街(都会)で暮らしてきた。海外で2ヶ月だけシェアハウスに住んだ経験があるだけ。

寮は、「住居」とは呼べなかった

初めての寮生活。まあ、残念ながらそこは住居とは呼べなかった。とてもではないが人が住めるような状態ではなかった。兎にも角にも、汚すぎた。衛生的に良くない。(後から、この荒(すさ)み具合は、工場労働者の心の荒みを明確に具現化したものだったんだと気づく)

勝手にいいイメージを作り上げてしまっていた

「寮」と聞いて、まあそれなりに綺麗なものを勝手に想像していたことがよくなかったわけである。それと同じように、「工場研修」と聞くと、全自動で動いている機械を見て「ふむふむ」「ははーなるほど」などと言いながら工場を一周してハイサヨナラのイメージをしていた。実際は「生産ラインに入って朝から晩までひたすら肉体労働」であった。

「事実に基づかない期待はしない」

日常の些細なことが幸せだったんだと気づく

「一日中立ちっぱなし」の生活が始まった。「座れる」ということは当たり前ではなく、どれだけ幸せなことだったのかということを思い知った。服は作業着、靴は作業靴。「好きな服が着られる」ということも当たり前ではなかったんだ。

「座れる」ということは当たり前ではない

極限までストレスを抱えると、身体に異変が出る

工場労働で必要なことは、とにかく黙って手と身体を忠実に動かすこと。マシーンになること。ただ、最初はそれが受け入れられなかった。やればやるほど、「自分はこんなことをするためにこの会社に入ったわけではない」「なんで自分がこんなことをしなければならないのか」という思考が脳内をひたすら駆け巡っていた。頭の中で雑念だけが動き、うまく手を動かすことができず、生産ラインを止めて、迷惑ばかりかけていた。すると5月中旬に身体(顔)がヒリヒリし出した。膿んで腫れ上がり、顔の原型を失った。仕事を休んで治療。幸い、1~2週間で元の状態に近いところまで戻すことができた。「ストレスは極限まで溜め込むと、ここまで行ってしまうんだ」と思い知った。この経験をして以後、「怒りの感情」が湧くことはめっきりなくなった。「怒っても自分が損をするだけ」「周りに何を言っても変わらない、変わるわけがなかった」ということを悟り、「今後、自分の力で変えようのないものに無駄な労力と時間を割くのはやめよう」と学んだ。

「自分のコントロールできないものには執着しない」

痛みを伴ったが人生において重要な学びを得た。

反応しない練習

このタイミングで名著「反応しない練習」を読んだ。自分がいかに目の前のこと全てに「反応」して生きていたかを思い知った。何が目の前で起きるかはコントロールできないけど、起きたことをどう捉えるのかはコントロールできる。そして、「捉える価値のないもの」には反応せず、スルーするという対応が必要。最終的には「反応するかどうか」を考えずとも反応しないようにできるまで自分の感情をコントロールする訓練を積むことができた。これも痛みを伴ったけど重要なレッスンになった。

同士がいなければもっと苦しいことになっていたかもしれない

幸い、私には8人ほどの同期がいた。バックグラウンドが近しくなく、あまり馬が合う連中ではなかったのが少し残念ではあったけれど、それでも仲間がいたことは私にとって本当に救いだった。たくさん馬鹿なことを言い合い、苦しくても笑いを絶やさず乗り切ることができた。本当に感謝している。